2015-07-01 第189回国会 衆議院 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 第16号
これは、政策的見地と軍事的見地それぞれの、いわゆる左右両翼の形の中で大臣を支えていくということで、この改正については評価をしなければならないと思いますが、国会の議論もやはり深めていく、それから安全保障、国防の議論について国会自身も深めていかなければならないということになったときには、今回のようにそれぞれ専門的な見地の方の御意見を聞くことは正しいことだというふうに思います。
これは、政策的見地と軍事的見地それぞれの、いわゆる左右両翼の形の中で大臣を支えていくということで、この改正については評価をしなければならないと思いますが、国会の議論もやはり深めていく、それから安全保障、国防の議論について国会自身も深めていかなければならないということになったときには、今回のようにそれぞれ専門的な見地の方の御意見を聞くことは正しいことだというふうに思います。
天皇が思うにそうした政策は、日本国民が、ロシアの脅威を恐れているばかりでなく、左右両翼の集団が台頭しロシアが“事件”を惹起し、それを口実に日本内政に干渉してくる事態をも恐れているが故に、国民の広範な承認をから得ることができるだろう。
これについては左右両翼からややもすると暴力行為が起こる、そういう可能性といいますか温床があるわけであります。 そこで、現在の国内の状況、特にテロあるいはゲリラ、そういうものが起こる温床というか暴力団体というか、こういう団体の現状はどうなっているのか、まずその概況を伺いたいと思うのです。
左右両翼の連携となれば、事件の衝撃は一層深刻となるといったことが言われているのであります。このような報道が事実であり、新左翼と新右翼が手を握って過激な闘争を展開するような動きがあるとすれば、国家の治安上極めて重大な問題であると思いますが、事実は一体どうなのか、そのような動きを実際に把握しているのかどうか、お尋ねをいたします。
思想は左右両翼であるが良心はまん中だということは、なかなか普通の修養程度ではむずかしいであろう、こういうふうに言うておるのでして、それを憲法、法律ということはほっておいて良心ばっかり言うておる、良心ばっかりで裁判できますか。できやしません。法律があり憲法があるから良心で裁判ができる。
○後藤田政府委員 ただいまのお話しの点は、私どもも、この種の左右両翼の極端に過激な行動の取り締まりだけでなくなるというふうには考えておりません。同時にまた、その取り締まりをやる際に、彼らの心情というものも私どもが十分に理解をした上で取り締まりというものをやらなければ、取り締まりの効果もあがらない、こういうふうに考えて、私どもとしては、柔軟な姿勢でやっていきたい。
政党政治、議会制民主主義に対する不信というものが根底にあるからこそ、いら立ちが起きておるし、性急に事を解決しようというような風潮が左右両翼から出てきているんじゃないか、私はこういうふうに思うわけです。だとするならば、国民の政治に対する不信をつくり出した点においては、私たちといえども、その一端の責任を負わなくてはならないと思います。
十二条の条文によって公共の福祉のために、裁判官の裁判というわが国最大の公共の福祉、そういう公共の福祉のために行き過ぎた左右両翼の思想、これは感心をしない、そういう思想団体に参加をする者、政治団体に参加をするということは遠慮をすべきものであるということが、この憲法十二条で憲法上の根拠として出てくる。石田さんの発言はそこに根拠を持たなければならぬものである。
安保繁栄というのは私は賛成でございますが、安保繁栄というかたわら、アメリカ兵に一ぱいの水も飲ませない、一ぱいの御飯も食べさせぬ、どういう意味だか、まるで矛盾はなはだしいことでございまして、私は左右両翼を問わず、暴力団体というものは民主国家を育てるゆえんではない、こう確信しております。
しかし言うてしまうことになるんですが、そういうふうなことを私は考えますときに、職務執行は中庸だ、おのれは思想は左右両翼どちらでもいい、これはあまりむずかしいことではなしにいけるというように判断をいたしております。これは私自身の体験から見てもやれる、これは訓練によると、こういうふうな考え方でありますので、私の言っておるような構想に立って苦心しておるのであります。
そういう意味から、左右両翼――ことばはおかしいのでありますが、右左両方の意見が日本国民に聞く機会が常に与えられている。そういう機会が常に与えられておるということが、非常に日本人の幸福感を味わっておるよいところではないかと考えておるのでございます。ただ、私の構想によると、一つの学校に入れて四年間ということになりますと、先生のおっしゃるとおり、いかがかと考える。
にもかかわらず、建国協定というもので、上り下り、左右両翼の千七百メートルまでも費用を負担しなければならないということは、負担をしても、道路の改修をしなければならないという原因のウエートが道路側にあるということでなければ、これは法律違反ですよ。原因者負担だ。原因はありませんが、鉄道が勝手に道路をまたいだだけで、両翼千七百メートルを道路側に負担をしろ、こういうばかな理屈は成り立たないでしょう。
また、私どもは人によって差別する、片寄った待遇はしない、かようにたびたび申しておりますが、ことに、暴力事犯等につきましての左右両翼と、かように見られるものにつきまして、いわゆる右には寛大だ、左には非常に厳正だ、かような非難がないように、どこまでも公正の処遇、これをするつもりでございますから、これもあわせて——おくれましたが、あわせてこの機会にお答えしておきます。
政経分離ということばには、したがっていろいろの解釈があると思いますが、最初に申し上げましたような意味の自由・平等・博愛という見地から、左右、上下の政治的雑音にわずらわされずに、経済人としての経済交流ということを人類共通の福利増進の基礎としてたんたんとして進めようという考えならば、現段階では世界の対立が激しい時代でございますから、この考えにもまた左右両翼がありますから、それぞれ不見識な非難、批判はあろうと
私どももその点は非常に気をつけておりまして、当初と違いましていまは非常に円滑にいっておりまして、その場所で左右両翼とも何か常識をはずれたような発言があるというようなこともほとんど絶えて聞いたことがございません。しかるに、毎日新聞にまたもや帰国事業は打ち切るべしという議論が出ておるということがことさら大きく出ました。
しかし、これが武力革命とか、あるいは左右両翼の暴力団とか、そういうふうにならなければ日本の現在の法制のもとでは政府はどうにもならない。これは法務大臣も御承知のとおりでありましょう。高度の立場からそういうことを将来どうしようとするか。私は国家警察をつくれというのじゃありません。どういうふうにしたらいいかというような考えがあらかじめ国務大臣にはなければならぬはずです。
それで、主力大隊の中央に私たちが入って、左右を防衛していくということを聞いていたのですが、ジャングルの中にもぐり込んでから夜が明けてみますと、確かに、左右両翼、ちらりほらりと木の陰の中を兵隊が歩いていく姿が見えるのですが、みんな鉄砲をさかさまにかついでおりまして、ああこれはたいへんな軍隊に入ってしまったと思ったのですが、もうおそかったのです。
元来この公安調査庁は、治安維持、左右両翼対策のもとに設置せられているものと考えるものでありまするが、その存在は何とも不気味であり不明瞭な点が多いのであります。また、両翼対策と申しましても、その他国民の行動やあるいは思想の調査などを行なっていることもあるかに考えられるのであります。こうした公安調査庁の活動は、民主国家、文化国家を任ずるわが国において、私は好ましい存在ではないと思うのであります。
そこで、破壊的団体ということになると、先ほどから御説明のあった左右両翼があろうと思うのです。
○伊藤顕道君 そうしますと、どこまでも破壊的といいますか、破壊的団体が対象である、そういう一語に尽きると思うのですが、そうなると、破壊的団体ということになると、まず考えられるのは、左右両翼があるわけですが、一体、左右両翼いずれに重点を置いておられるのか、こういうことについてお伺いしたい。
左右両翼対策なる名のもとに、公安調査庁が国民の思想調査、行動調査を行なっておることは言うまでもありませんが、これらは憲法によって保障されている国民の基本的人権に重大な関係があります。本来左右両翼対策といい、治安対策というものは、最小限度にとどめ、国民生活の安定を中心に、正しい政治を行なうところに力点を置くべきであります。
仕事をいたしておるわけでございますので、公安調査庁は、できるだけ、右翼関係団体が奥の奥底でどういうことを考え、どういうことを計画をし、どういう若い連中を育てつつあるか、このような事前情報を十分に取りまして、警察機関と連絡をとりながら右翼暴力、右翼的な政治暴力の発生の防止を考えておるわけでございまして、いろいろ勘案いたしまして、ただいま申し上げましたような人員の割り振りというところで、公安調査庁の左右両翼